18 Jul, 2022
京都クリエイティブ・アッサンブラージュからの転載です。
https://assemblage.kyoto/topics/post/?permalink=new-luxury-book
Read More…06 Oct, 2021
京都大学と京都市立芸術大学と京都工芸繊維大学の連合の提案が、文部科学省の価値創造人材育成拠点形成事業に採択されました。今後4.5年間ほどで価値創造人材を育成するプログラムを立ち上げます。社会人を対象にした、(当初は)無償のプログラムです。コンセプトは [ HISTORY MAKERS ] です。歴史をつくるイノベーターの育成を目指します。 Read More…
05 Sep, 2021
「紙 paper」についての論文 paper を、唐紙師の嘉戸浩さん(かみ添)と一緒に書きました。Proof of Stake: Claims to Technology. A Book of Organizational Objectsという本のチャプターです(来年春に出版)。同時に、この本に関連してKunstverein in Hamburgで展覧会が開催されています。
Read More…31 Mar, 2021
最近、創造性についての研究会に参加していて、最近はそればかり考えています。
創造性(creativity) = 新奇性(novelty) + エステティック(aesthetic)
ただ単に新しいだけでは創造的だとは言わず、そこに特定の人(アーティストのような存在)が感性・感覚的な驚き、感動、おそれなどを生み出すことが含まれています。つまり創造性とは、「エステティックな新しさ」と言うことから始めるのはどうでしょうか。
Read More…25 Mar, 2021
日本企業にもiPhoneを作る技術力、デザイン力(見た目の)があったという話しはよく聞きます。しかしそうでしょうか。私が思うに、iPhoneは機能やデザインではなく「欲望」を構成したのであり、この欲望の秘密はiPhoneの「箱」だということです。
Read More…06 Mar, 2021
経済学部ゼミの学生がいろいろ調べて発表してくれました。前回のブログでは、自然への回帰やエクストリームスポーツがなぜ今の人々を魅了するのかについての議論を説明しました。今回は、社会的起業家やESG投資についてふりかえります。社会的起業家やESG投資は矛盾を抱えています。社会課題を解決するということは、社会課題自体が資本主義に起因することが多いため、資本主義のロジックを否定することになります。だからこそ、なぜ社会的起業家やESG投資が成功しているのかを理解することは重要です。 Read More…
03 Mar, 2021
経済学部ゼミの最終発表会がありました。学生に最近価値となっているいくつかの事象、たとえば「自然」「エクストリームスポーツ」「社会的起業家」「ESG投資」などのお題を与えて、それらの文化的背景を考えてもらいました。つまり、なぜそれが人々を魅了するのかを考え、それが体現する特定の諸イデオロギーを炙り出し、それを歴史的文脈に位置付けるというエクササイズです。それにより新しい文化をデザインしようということです。今回は、自然とエクストリームスポーツについてふりかえりたいと思います。
Read More…15 Feb, 2021
前回はデザイン思考がエステティックを排除したことを説明しました。今回はデザイン思考には「歴史がない」ことの意味を説明したいと思います。デザインやクリエイティビティの文脈では、歴史は避けるべきものと考えられています。デザインもクリエイティビティも未来の社会を描くものだと言われ、過去を見ることは足かせにしかならないというわけです。しかし、歴史を作ることがデザインの目標でなければならないということです。真の革命は、過去へ跳躍し、過去を救済することでなされるというテーゼです。デザインとは、利用者の潜在ニーズを満たすことでも、顧客の問題を解決することでも、カッコいいものを作ることでもなく、人々の自己表現に関わる文化を作ることなのです。創造性とは、個人の内面のひらめきで未来を作るというのは幻想で、過去を理解することから始まるのです。
Read More… 11 Feb, 2021
最近デザインおよびデザイン思考についてどう考えるのかと聞かれることが続いたので、あらためて書いておきたいと思います。デザイン思考は重要な成果を生み出しました。しかしながら、デザイン思考の限界を見極め、乗り越えていかなければなりません。京大のデザインスクールで深めてきた議論をご紹介したいと思います。今回は、最初のエステティック(美学=感性論)を取り上げたいと思います。デザイン思考はエステティックを排除しました。デザインが美大を卒業したエリートのデザイナーだけのものではなく、誰でも実践できるという...
Read More…23 Jan, 2021
先日、ブログで書いた「まなざし」のあるデザインについて、説明が混乱しほとんど理解されなかったようですので、もう一度トライしたいと思います。... その場に他者の視線がなくても、自分の価値を呈示し、証明していくという弁証法的な過程はあると思います。... デザインされたものには、実際に「眼」はなくても、「まなざし」があるということです。「眼」で見ること(look)は見る主体(subject)に所属しますが、「まなざし (gaze)」は客体(object)にあります。この「まなざし」は、人々の欲望に結び付き、価値の源泉となるのです。
Read More… 18 Nov, 2016
この3ヶ月ほど、サービスが闘争であるということについてヨーロッパ各所で議論を重ねているのですが、かなり反応はいいです(米国とは違いますね)。ただやはりどういうときに闘争になり、どういうときに従来の満足度重視のサービスになるのかについて理論的な説明が必要であるという議論は避けることができません。こういう議論をするときの、私の説明をここにも紹介しておきたいと思います。これはどの場合に人間<脱>中心設計が、あるいはどの場合に人間中心設計がふさわしいのかの議論でもあります。サービスが闘争になるのは、サービスが価値共創(value co-creation)であるとき、つまり相互主観性(inter-subjectivity)の領域でサービスが問題になるときです。客も提供者もそれ以外の人も一緒になって価値を共に創るので、そのときのサービスは相互に了解し合うという形で相互主観的に達成されています。主観性の領域ではありません。主観性とは、少し乱暴に言うと、主体が客体から分離された上で、客体を眺め、その価値を主観的に見極めるというものと考えられます(乱暴というのは、たとえば現象学の主観性ではその分離を棚に上げ知覚、行為、存在に着目するからです)。もし「客」という主体が、「サービス」という客体の価値を判断しているとすると、実はその価値は客も一緒に共創しているので、客も客体の中に絡み込まれ、客の「価値」も問題となります。つまり客がどういう人なのかが問題となります。だからレストランで革新的な料理を食べて、「美味しい」というような表現をすると、そのような月並なことしか言えない洗練されていない人ということになります。つまり相互主観性の領域ではその人自身が絡み合っているので、主体と客体を分離できないわけです。だからその人の価値も問題となり、緊張感が生まれ、自分を証明しようとする闘争となります。しかしながら、主体と客体が分離される一瞬というのはサービスにおいて何度も見られます。つまり客が目の前に握られた鮨を食べて本当に美味しいと思ったとすると、それは主観性の領域での価値です。この価値は共創されていないので、主体が鮨という客体に対して評価を下すことができるわけです。サービスにおいて難しいのは、共創される価値と、客体自体の価値(鮨の美味しさ)が共存するということです。病院のサービスがわかりやすいでしょう。病気を直すというのは客体としての価値であり、共創された価値ではありません。患者が病気という客体としての問題を解決する(してもらう)という価値です。しかしすぐに考えればわかるのですが、価値共創が起こっている以上、このような主客分離は本来は存在しません。上記で「一瞬」と書いたのはそういう意味です。つまりその一瞬は主客が分離したように見えますが、次の瞬間にはその人がどういう人なのかが問題となる相互主観性の領域に置かれていることに気付きます。客が美味しいと思ったとしてそこでは終らず、すぐに美味しいと思った客のレベルが問題となります。患者が病気にどういう関係性を持つのかが問題となります。ただそれが一瞬であるからと言って、意味がないとは言えません。なぜなら実際に食べた鮨を美味しいと思うこともサービスにおいては重要であり、病気が直ることがとても重要だからです。つまりサービスにおいては共創されない客体自体の価値というのが無視できない部分を占めるのです。もちろんこの価値は単独では存在しません。この価値にすぐに人々が絡み取られ、人々自身の価値と分離できないからです。しかしそれでも非共創的な客体自体の価値は無視できないのです。ちなみに価値共創を重視するSD Logicでは、価値が受益者にとってユニークに現象学的に決められるとなっているので、上記の二つの価値を混乱した上で、共創ではない方の価値を中心に議論しているという誤ちを犯しているわけです。私がサービスデザインは人間<脱>中心設計でなければならないという時には、価値共創であるならばそうならざるを得ないということです(実際にサービスはそのように定義されているはずです)。サービスが高級であるとか大衆的であるとかは関係なくそうです。しかし実際にサービスをデザインするときには、たとえ一瞬であっても非共創的な価値も重要です。鮨を美味しくしなければなりませんし、病気を直すために効率的効果的にサービスを構成しなけれなりません。病院のデザインをするときに、鮨屋のように患者さんにわかりにくくしたり、患者さんを圧倒したりすることが一義的に正しいわけがありません。しかしこれは病気を直すという客体に関する非共創的な価値が重要であるからです。このときには客体をよりよくしていく人間中心設計が必要となります。サービスにおいては常に共創される価値と客体自体の非共創的価値が混在しますので、人間<脱>中心設計と人間中心設計の両方が必要となります。この二つの設計はNormanの言葉を借りれば「正反対」ですので、サービスデザインはかなり矛盾したことをしなければならないということです。
もう少しで帰国します。その前に少しだけまたフランスに行って議論してきます。
Tags: Important, Service as struggle
29 Jun, 2016
文化をキーワードにして活動しているのですが、話しが噛み合わないことが多々あります。サービスは文化のゲームですし、グローバル展開において異文化間コミュニケーションが重要とされ、デザインでもエスノグラフィ(民族誌)が持ち出されますが、文化というものがあまりきちんと議論されていないように思います。私のイメージを説明したいと思います。
文化というと我々に染み付いた習慣や認知のパターンのようなものだという感じで議論されますが、これではあまりに漠然としています。私の文化に関するイメージは、常に不安定な中で表象され、交渉され、歪められ、押さえ込まれているようなものという感じです。一般に日本の文化とか言った場合、日本人なら誰しも体得している均質で統一的なイメージが想定されていると思いますが、それは文化を神聖化したいという我々の欲求を投影しているだけで、文化をそのようには捉えることは不適切です。
まず文化というものが、他者との関係において初めて意味を持つということを理解する必要があります。文化は基本的には我々にとって当たり前になっていることであり、客体としてそこにあって記述できるものではありません。例えば、我々日本人が箸で食べているとき、日本の文化だと感じたり表現することはありません。もしそのように感じたり表現するときには、必ず他の文化と接しているはずです。箸をあたりまえのように使わない文化の人と話しをしているなど。文化それ自体は決して表象できないのですが、同時に我々は文化を他の文化との関係の中で表象しようとして生きています。そしてこの表象を通して文化が打ち立てられるのです。文化という実体が表象の背後にあるという本質主義が拒否されるわけです。
つまり文化とその表象には、「他者」との関係が絡み合います。我々が文化を語るとき、何か誇りのようなもの、優越感のようなものを感じていないでしょうか? 文化を持ち出すということは、他者との関係を定義する行為です。他者に対して優越するということは、他者を否定し貶めることに他なりません。そして誇りや優越感が問題になるということは、裏返せば自己が脅かされているということです。そこで何とか文化が優れていることを主張しているというわけです。逆に言うと、この優越感は劣等感を伴っています。特に文化は根源(歴史とか伝統とか)を暗示しますので、その幻想に託して自分の拠り所とするのです--もちろんそのような根源は我々の欲求を投影した代補です。このような他者を前にした感覚は文化にとってはどうでもいい付随物ではなく、むしろ文化という概念の中心をなすものです。そしてこのことを突き詰めると、文化の表象というものは、自己に対する「不安」の中で、自己を示そうとする動きだということになります。ヘーゲルに依拠してサービスは闘いであるということ(他者との相互主観的な闘いの中で自己を示すこと)と文化を結び付けて議論することの必然性がここにあります。
よく言われることですが、エスノグラフィとはある現場の文化を客観的に理解し記述することではありません。他者との関係で自己をあらためて理解することです。デザインにおいてエスノグラフィが意味を持つのは、デザインの対象となるユーザのニーズを理解するからではなく、デザイナーの自己が切り崩され、新しい自己を獲得し(ようとし)、新しい視座から世界を捉え始めることによって、革新的なデザインを導くからです。エスノグラフィは他者を表象の中に押し込めるものであり、他者を飼い慣らす政治的な行為です。エスノセントリズムを避けようとして、現場の人々が有能でありイノベーティブであることを示すような記述ほどエスノセントリックで暴力的なものです。別の社会の人について記述するとき、書き手の他者に対するイメージが写し込まれます。さらには、自分がどうありたいのかというイメージも写し込まれ、それは裏返しとして他者のイメージとなって表象されます。これは文化を表象するときには避けることができませんし、文化を議論する人は常にこの危険性と向き合わなければなりません。デザイナーがユーザを単純化してデザインする場合、そのデザイナー自身の持つ自分に関する不安と向き合っていないのです。
私は文化のデザインを掲げて研究していますが、文化なんてデザインできないと反論されることがあります。しかしそのような反論では、文化は常に表象され続けているのであって、つまり全員が日々文化をデザインしていることが忘れられています。しかし反論にはもっと重要なサブテクストがあります。文化という概念には何らかの神聖な響きがあり、それをデザインという何か軽々しいもの(見た目とか美しさとかに関わるとか思われているようなもの)と結びつけることの違和感があるということだと思います(デザインという概念が何か楽しげであることが嫉妬を生んでいるということもあるのでしょう)。我々にとって文化は神聖であり、文化に対する恐怖があります。だからそれがデザインされると言われると反論するのでしょう。しかしそれは、文化というものが本質的には他者の反照としての自己の定義に関わるからであり、我々の不安に結びついているからです。むしろだからこそ文化のデザインを議論する必要があると考えます。
このような対象にデザインを結びつけるというのは、学問としてぎりぎりのところを追求しようという挑戦なのです。同時にデザインという概念が完全に修正されなければならないということは言うまでもありません。それについてはまた議論したいと思います。
ブログではここまでしか書けませんが、こんな雑な説明では余計に反発されるかもしれません。現在まとまって書こうとしていますので、それが進めばご案内します。
Tags: Important, Service as struggle
08 Mar, 2016
モンラッシェ (Montrachet)、世界で最も偉大な白ワイン。アレクサンドル・デュマが「脱帽し、ひざまずいて飲むべし」と言ったワイン。ブルゴーニュ地方のピュリニィ・モンラッシェ村で生産される。栗とハチミツの香り、琥珀色。すっと入ってくるなめらかさに、ブランデーのような力強さ。もはや言葉では表現できないあじわい。少し前に、橋本憲一氏が秘蔵にされていた、D.R.C.(Domaine de la Romanee-Conti)の1983年モンラッシェを開ける会に参加させていただいた。
モンラッシェは白ワインではない。今まで飲んだ白ワインは一体何だったのか? そのように思わせられるワインだった。以前バタール・モンラッシェ(Batar-Montrachet)を飲んだときの衝撃と同じ、そしてさらにそれを上まわる感覚だった。モンラッシェは白ワインの中で最高の地位をしめる。つまり、他の白ワインが目指すべきもので、これこそが白ワインの本質ということになるだろう。しかし、このワインは、白ワインと呼ばれるものを越え出ている。白ワインの本質は、もはや白ワインではない。
頂点に立つものは、その自分自身のカテゴリを越え出る。そういうことはよくある。サントリー名誉チーフブレンダー輿水精一氏がブレンドしたウイスキー「瞳」も、最高峰のウイスキーだろう。しかしそれを最初に飲んだときの感想は、「これはウイスキーか?」というものであった。頂点に立つということは、そのカテゴリの中で一番美味しいということであるが、すでにそのカテゴリの中には収まらない。
しかし、そうすると他の白ワインは一体何なのか? それはモンラッシェを目指しながら到達できない劣悪品ということになるのだろうか? ピエール・ブルデューが「まがいもの」と呼んだような、モンラッシェを飲めない人が代用するものだろうか。もちろんそういう側面もなくはないだろうが、おそらくそうではないだろう。輿水氏は「角」もブレンドされていた。そして輿水氏は、「角は自分の誇りだ」という。「瞳」を作ることができる輿水氏が、「角」が自分の誇りであるとはどういうことだろうか? 角は単に最高ではない品質の安い原酒をブレンドして、その範囲内で美味しくしたというような商品ではない。角は、「毎日飲んでも美味しい」というウイスキーである。毎日飲んでも飽きずに美味しい、そのようなウイスキーを作るには天才が必要であるし、相当の努力が必要だろう。
モンラッシェのようなワインを飲んだとき、自分が試されていると感じる。自分の仕事に同じぐらいの力強さがあるのか考えさせられる。最高の仕事をすることは、自らのカテゴリを越え出ることであり、そこには基準がないし、真似する目標もない。
10 Feb, 2016
我々は文化に関わる研究をしているので、自分の研究がエスノセントリズムを免れ得ないことは十分に承知している。つまり、どんな研究でもある別の文化を客体として措定した時点で、その文化に自らを投影するという危険性(であり必然性)と向き合わなければならない。そして文化は客体化できない、つまりそこにある文化を観察して記述することはできない。文化は別の文化を通してのみ記述され得る。さて、シンガポールで日本のオーセンティックなバーという文化を現地に持ち込んでいる金高大輝氏とお話しする機会があった。金高氏は銀座のスタアバーで10年近く修行した後、北京で出店し、その後シンガポールにD. Bespokeを開いた。伝統的な日本のスタイルのバーである。ちなみにこのバー文化はそもそも日本以外には存在しないし、誰も知らなかったものである。そこで彼は彼自身の言葉で言うと「文化を作る」仕事をしている。客には日本人はほとんどいないという。
サービスの海外展開には、文化を現地のやり方に合わせることが重要であるとか、日本の文化は魅惑をもたらすものとして付加価値となるとか言われる。このとき文化をどのように扱うのか? もし日本のバーが正解であるとして持ち込もうとすると失敗するだろう。しかし、自信を持って日本の文化を持ち込まなければ、それも失敗するだろう。その折衷案がいいのだろうか。
つまるところ、このようなサービスの異文化展開は一つの矛盾である。金高氏自身が、日本のバーというもののあり方に違和感を感じ、それを明確に否定する(だから海外に行く)。しかしながら、彼は現地に完璧に日本のバーを仕立て上げるのである(日本のバーよりも日本らしい)。この矛盾を乗り越えるには、一つの矛盾した文化を「打ち立てる」以外には方法はない。そのとき、それを打ち立てる主体は、客体に対して距離を取るのではなく、自らの行為を通して自らと客体との間の矛盾を乗り越えようとし、自分の主体を(矛盾として)打ち立てる。月並な言い方をすれば、現地で勝負をするということである。そのように作り上げられたサービスは、それがもはや日本の文化なのか、現地の文化なのか、あるいはその組み合せなのかは、どうでもいい問題である。
文化とは生活の背景にあるぼやっとしたものではなく、このように矛盾を打ち立てる行為の過程であり、主体が自己規定していく過程によって構成される。研究者が文化を対象とするとき、同じ弁証法に直面する。たとえばエスノグラフィをするとき、以上のことが賭けられている。あるものを一つの文化としてデザインするデザイナーも同様だろう。
24 Sep, 2015
サービスデザインについて、博士課程の佐藤くんと論文を書きましたので、その要点だけ書いておきます(詳細は論文が出たらご紹介します)。いくつかのサービスデザインのテクストを再度詳細に読んでみたところ、現在議論されているサービスデザインには少なくとも2つの問題があると思います。つまり、(1)まず人間中心設計を掲げ「体験」のデザインが前提となっていること、(2)そして次に価値共創によって多様なステークホルダーが調和に逹するという前提です。
まず一つ目の問題です。ユーザの「体験」を重視していますが、よくない体験を避けるという以上のことが語られていません。サイロによって分断されている体験を統一する、顧客の視点に立っていないデザインを排除するなどです。そもそもポジティブにどういう「体験」を目指してデザインするべきかについては語り得ません。これは人間中心設計自体の問題です。Don Normanが言うように、人間中心設計によってよいデザインや失敗しないデザインは生まれるが、”great”なデザインは生まれないということに近いかもしれません。
そもそも「体験」はサービスのデザインにおいては適切ではないと思います。その理由は、あたかも一人の人の主観的な体験が問題になっているような印象を与えるからです。一人のユーザが目の前のプロダクトを見て使用している場合は、これでもなんとか語り得たかもしれませんが、サービスとは相互主観性ですので、デザインする対象がこのような主観性では問題が起こります。シンプルに言うと、まず主観性がありそれが求める客体があるのではなく、まず相互主観性がありそれから主体が生じると捉えた方が、サービスのデザインの可能性が広がるように思います。つまり客がどういう客であるかがデザインにおいて重要となります。
次の問題は、顧客との価値共創という概念によって、ステークホルダーが参加することで折り合いをつけ、顧客のために一貫したサービスを提供するという語られ方です。統一、円滑なコミュニケーション、デザインへの愛着や所有意識などのキラキラした言葉が並ぶ一方で、矛盾、緊張などの言葉が完全に排除されています。まずどういう調和が目指されているのかが曖昧です。多様な参加者が想定されているのであれば、その間の矛盾や緊張は排除できません。また、その調和にどのように到達できるのかが説明されていません。
この調和のある共創なり参加という概念に問題があります。シンプルに言うと、多様なステークホルダー(顧客も含むとしましょう)の声を一つの声に還元するというモデルです。このような一つの声に還元したモノローグは、多様な声が独立し互いに還元することなく、緊張感を持ちながら互いに挑戦しあうダイアローグとは全く異なるモデルです。このような一つの声への還元は原理的に不可能であるだけではなく、デザインとしての魅力を失う源泉となっています。ここでもバラバラの主観性から出発し調和させようとするのではなく、声がぶつかり合う相互主観性から出発する必要があります。
我々の意図はサービスデザイン自体を批判するということではなく、サービスデザインが従来のデザインから多くの言説を引き継いだので、本来の可能性を追求する道が塞がれてしまったということがもったいないという思いです。
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08 Sep, 2015
複数の文脈で、IDEOのアプローチがSDL(Service Dominant Logic)かGDL(Goods Dominant Logic)かという議論を聞きましたので、少し自分の考えを共有したいと思います。Vargo先生が京都に来られたときに、韓国の学会でBill Moggridgeと同じ場で話しをして、そこでIDEOがやってきたこととSDLが同じであることを議論したということを話されました。ユーザの参加を重視することやユーザの視点でデザインすることと、価値が受益者と一緒に共創されることは見た目には一致するところが多いように見えます。
しかし、SDLが人間中心設計と一致するというというのは短絡すぎる結論だと思います。人間中心設計はやはり「中心」をどこにどのように定義するのかという点で、何らかの基礎付けを前提としているように見えますが(実践している方々はそうでない人が多いと思いますが理論としてという意味です)、SDLの議論の前提はそのような基礎付けを排除しようとする動きがその根本にあると思います(もちろん完全にそれに成功しているわけではありませんが)。
SDLは置いておいて、私はサービスの領域に関しては(実はサービスに限らないのですが)、人間中心設計という考え方では問題があるように思います。Don Normanがエモーショナル・デザインという言葉を用いて、わかりやすさ、ストレスのなさ、ユーザのエンパワーメントなどを根本原理とする人間中心設計を否定して、その「正反対」のアプローチを説いたことが示唆的なように思います。例えば、サービスでは顧客にわかりやすいとその価値を毀損します。京都の料理屋で軸がかかっていますが、これは完全に読めないことが重要です。鮨屋ではメニュー表を置きません。客を(弁証法的に)否定することがサービスにとって重要なのです。もちろん客は馬鹿にされたり、いじめられているわけではありませんし、たんにわかりにくくするということでもありません。こう言ってよければ、客を脱-中心化するということです。
この弁証法的な緊張感のある価値というのは、Normanのいう内省レベルとは異なります。敷居の高いサービスを利用するときの自己イメージやプライドを強調する議論があります。そのような高い敷居を越えることができるという自己イメージです。しかし、実際は真剣にサービスに対峙する対等なもの同士の間のせめぎ合いと捉えるべきでしょう(もちろん自己イメージは重要だと思いますが、それが原理となっているとは言えないという意味です)。サービスとその受益者を主客分離をして心理学的に考察した場合は、自己イメージというような議論になるのだろうと思いますが、この場合のサービスの価値はやはり相互行為であり、相互主観性にあるでしょう。
このあたりについては拙書のサービスデザインところで書きましたが、現在さらに佐藤くんと論文を書いていますので、まとまったらご報告したいと思います。IDEOの話しからNormanの話しにすりかわってしまいましたが、人間中心設計の理論については議論の余地があると思います。私はIDEOに詳しいわけでも、人間中心設計の専門家でもないので、色々な方々と議論したいところです。
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25 Aug, 2015
清風荘 せいふうそう
西園寺公望別邸を京都帝国大学に寄贈されたもの。吉田キャンパスから歩いて3分程度のところにある。西園寺公望はもともと徳大寺家の子息であり、その弟は住友財閥に養子として入る。西園寺公望の他の邸宅と同じように住友が建てたもので、死後住友の所蔵となっていたものを京大に寄贈された。最近重要文化財に指定された。この庭は7代目小川治兵衛の作である。先日、次期12代目小川治兵衛である小川勝章氏に清風荘で講演をしていただいた。鈴木博之先生の本を参考にご紹介したい。
7代目は山県有朋に依頼され、蹴上の無鄰庵の庭を作った。その後、平安神宮の庭や住友家の庭などを作った(南禅寺あたりの庭はほとんど7代目の作で、私たちの結婚式も7代目作の庭で行った)。それまでの象徴主義の庭(例えば石を何かに見立てたもの)ではなく、苔と共に芝を使い、石を伏せて、赤松だけではなく楓などの様々な木を用い、開けた自然主義の庭を作った。
どのようにこのような庭が生まれたのか? 庭のデザインも、一つの社会のデザインであり、時代の変化を捉えフォームを与える。山県有朋がなぜ自然主義の庭を求めたのか? 明治維新で社会の権力構造が変化した。山県は時の教養者たちの茶会に呼ばれて、道具の価値だけを熱心に議論する人々に違和感を感じたという。何気ないものに過剰に意味を読み込む美的判断は合わなかったのだろう。軍人でもあり新しい時代の権力者であった山県には、それらの既存の権力構造(文化貴族)に入り込めないことと同時に、それを壊したいという思いもあったのではないか。
一方で、庭という権力を誇示するようなものにこだわる。それは従来の庭よりも圧倒的な力と新しさを持っていなければならなかった。そこに7代目の天才が合わさり、花開くことになる。その時の社会で特に高価で高貴であるとされているもの(茶道での名物など)ではない材料を使い、総合的にスケールの大きな庭を作る。そこには水を使った動きが必要であり、一点に向かった庭が必要だっただろう。
それは西洋式の庭ではいけなかった。その時代は明治維新も落ち着き、日清戦争に勝利した時期である。つまり単に西洋を目指すことを乗り越え、自己のアイデンティティを強く意識した時代であり、そこには日本の伝統的文化への関係性が強く出る。しかし、そこでは同時に既存権力の基盤となっている保守的な文化の否定でもなければならない。
そしてそこに疎水の水を引き込む。疎水は水力を原動力として工場を建てるために作られた(南禅寺から銀閣寺のあたりは工場地帯になる予定だった)。しかし、工事中に水力発電の技術が実用化する。それにより疎水の支流の水は必要なくなった。それを庭に引き込み、別の形で生かしたのである。その庭はその境界を越えた世界とつながっており、閉鎖的な空間ではない。そこには常に外から入ってくる力が感じられる。東山の借景も同様であろう(山県有朋は水が東山から流れてくるようにデザインしたという)。そもそも疎水の建設を許可したのは内務卿としての山県であった。ちなみに疎水からかなり西に位置する清風荘は疎水の水は引いていない。
新しい時代のフォームは、既存の権力構造の否定を目指して探究され、そして新しい世界を現前させることで、人々の目を全く新しいところに向ける。無鄰庵の庭がなければ、従来の庭が正解であり、それ以外の考え方は否定される。この庭ができたことで新しい世界が生まれ、従来の庭が否定されうる。このような新しいスタイルを作り出すためには、既存の権力構造から距離を置いた自分のアイデンティティとそれを正当化しようとする強い意思が必要である。新しい時代のデザインは、否定から始まり、否定を積み上げて一つのポジティブな世界を構成するが、それは自分を証明しようとする過程から生まれるだろう。
以上は後付けでの説明にすぎないが、デザインの一つのあり方について考えるヒントが多いと思われる。でも考えがまとまらない。
参考文献:
鈴木博之. (2013). 庭師小川治兵衛とその時代. 東京大学出版会.