Destructured
Yutaka Yamauchi

歴史のあるデザイン

来月のデザインセミナー「アートシンキング」についてもう少し説明したいと思います。前回はアートシンキングがデザイン思考の限界を乗り越える可能性を持っている(がおそらく失敗する)ことを説明しました

デザイン思考のもう一つの限界は、創造性を革新的な「アイデア」に還元したことです。アイデアを募り、評価し、次のステージに進めるという方法は、企業でもよく使われる方法ですが、根本的に問題があります。創造性をアイデアに還元するということは、アイデアを客体として捉え、そしてそれを生み出す主体と分離しています。主体がパズルのようにアイデアを取り扱うイメージです。つまり主客二元論の前提に立っています。本来デザイン思考は超越的な視座を排し現場に行ってエスノグラフィをすること、プロトタイピングによって物質的・身体的な創造性を重視することなど、この主客二元論を乗り越えるために提案されてきたものですが、結局乗り越えることができなかったということです。

アイデアに還元するということは、そのデザインには「歴史」がないということです。つまり、歴史的文脈から切り離され、アイデアの面白さが評価されます。同時に、デザイン思考や他の創造性の議論では、未来を描くことを強調します。しかし、本当の革命は「過去」を救済することだという考え方から得るものは多いのではないでしょうか。いきなり新しいことをしても革命は起こりません。我々の日常は新しいものであふれています。現在の支配的な状況を作り上げてきた過去に跳躍し、過去を根底から組み変えることによって、新しいものが革命になるように思います。デザイン思考によりひとつのアイデアがたまたま成功したとしても、自分ではそれがなぜ成功したのか(どういう過去と結びついたのか)がわかず、次を狙うときに成功するかどうかは(低い)確率の問題にしかなりません。

私が「文化」のデザインを提案してきた理由のひとつは、この歴史的視座を持つことです。文化とは、特定の時代における人々の自己表現に関わります。社会が変化する中で、人々が自分を表現できない不安を抱えるとき、新しい自己表現を可能にするデザインが重要となります。特定の社会的状況において自分の居場所がどこで、なぜそこに場所を与えられているのかが最大の謎として生じ不安にかられますが、そこで自己表現を可能にするために作り上げる空想が文化だと言えます。この自己表現は個人の内面から湧き上がってくるものではありませんし、また既存のカテゴリ(象徴的秩序)により押し付けられるものではありません。むしろ象徴的秩序にはおさまらない剰余が生じ、それが人々の自己表現の核であり、欲望を構成する空想の源泉となります。

世の中のヒット商品は、このように文化を作り上げたのであって、決して人々のニーズに応えたのでも、問題を解決したのでも、カッコいいものを作ったのでもありません。ヒット商品を作るというのは俗な言い方ですが、ひとつの時代を画す価値を作り出すということです。ブログで何度も書いているのでここでは繰り返しませんが、マクドナルドもスターバックスも、このような文化をデザインしたことで、ひとつの時代を代表するものとなったわけです。成功するかどうかの偶然性に賭けて面白いアイデアで勝負するのではなく、時代の変化を見極め新しい文化を作ることで、現在の社会にとって必然性のあるデザイン実践を行おうということです。

アートは社会を批判的に捉え、新しい感性的な分配をもたらすという意味で、常に歴史的だと思います。ただ変わったものを作っているのではなく、社会に応答しているのです。今回ゲストスピーカーで登壇いただく
森村泰昌氏は、過去のアートや人物を題材として、自分自身が同じ格好をして写真を撮るというセルフポートレートを作成されている(例えば自分がモナリザになる)、世界的に著名な美術家です。当然ながら過去の作品の「模倣」ではありません。自分自身の現在という時間(いまここ)において「決起」し、過去を救済し作品の新しい意味を発見し、同時にそれに「自分がなる」ことで、自分の意味を問い直すという作品なのです。11月20日の森村氏との対談では、このあたりのお話しもお聞きしたいと思います。

[補足] もちろんデザイン思考が社会に応答していないということではありません。一般的によいデザインと呼ばれているものは、その時代における必然性を持っていると思います。問題は、この点を議論していないため、結果的によいデザインが生まれたとしか言えないということです。

デザインイノベーションコンソーシアム
デザインセミナー Series Ⅵ 「アートシンキング」
~文化を創造するためのアートの思考と実践~
2020.11.20(金)~12.18(金)
http://designinnovation.jp/program/designseminars/ds06.html