Destructured
Yutaka Yamauchi

サービスにおいて「見られる」ということ

よく聞く話しですが、サービス現場において客が店員に声をかけられることに抵抗感があることがあります。自由に買い物させて欲しい、何か買わないといけない雰囲気になる、などなど。アパレルのお店では、最近では声をかけてくれるなという意思表示を可能にするバッグがあるとか。我々のチームはサービスを研究するなかで、当然このような問題に直面します。クリーニング屋では、予期していなかったようなオプションを勧められるのは、何か売り付けられた感があり、少し緊張感が高まる場面です。この問題に対して、現場でどのように対応することで、スムーズに接客し、可能な場合には売上げを増やすことができるのかは、研究の過程でいくつか含意を議論することができます。しかし、今回議論したいのはそのような実践的な方法ではなく、サービスにおける客の「自由」の問題です。

おそらく客は店に来る前から、すでに店員に声をかけられることで自由に買い物ができなくなるということを予想・期待しています。店員の方々の視座から見るなら、店員は何も客の自由を奪うために声をかけているのでもなければ、売り付けようとしているわけでもありません。むしろ、店員は客に声をかけることにとてもリスクを払って、精神的な負荷を負っています。声をかけられた客からすると「また来た」と思っているかもしれませんが、声をかけるのは店員にとってもそれほど簡単なことではありません。

店員が客に話しかけるには、とても込み入った方法が必要となります。まず客を観察します。我々が調査をしたカジュアルなアパレルの店であれば、客の真横か少し後ろあたりに3メーターほどの距離を取ります。そこで品物の服をたたみ直したり、ハンガーを整理したりします。なぜこのようなことをするのでしょうか? まず、客を見るときに、凝視をしてはいけないのです。凝視は客の自由を奪います。そこで品物を整理したりすることで、自分は忙しいということを示します。忙しいのであなたを見ているわけではないということです。同様に、誰に言うともなしに「いらっしゃいませー」と空間に声をかける日本特有のやり方は、自分が目の前の客にではなく、他の客に注意を払っているということを示しています。見ていないフリをして客を見なければならないのです。

しかし客は同時に見て欲しいという思いもあります。店員の助けが必要となったとき、すぐにそこにいて欲しいのです。ピタっとつかれて見られると嫌なのですが、見ておいて欲しいということです。そこで店員は客の真横の周辺視野に入り、なんとなく存在感を意識できるところに位置して、忙しくしているフリをして客を見るのです。そして、その見られている状況で客がある商品の前で一定時間以上留まり、商品を手に取り始めれば、声をかけてもよいという相互の了解が出来上がります。

一方で、高級店ではどうでしょうか? 高級店では、店員は他の仕事をすることなく、静かに立って客を凝視します。調査した高級なアパレルのブランド店では、客を継続的に凝視し、服の陳列を一通り見終ったタイミングで近寄って声をかけます。客からするとこの間ずっと見られていることを意識します。かなりのプレッシャーですね。たとえば値札を見ることもできません。調査した店では女性のニットが15万円以上するのですが、客はそれを店員に聞かなければなりません。そして値段を聞いて驚いたフリをするわけにもいきません。

高級店では、いくら店員がフレンドリーに応対しても、かなりの緊張感を作り出すようにデザインされています。パリのヘリテージストアでは、このうわべのフレンドリーさすらもありません。一方でギャラリーラファイエットの中の店舗の店員が少しフレンドリーなのは、この二種類を意識して区別しデザインしているからです。また、この緊張感の中で自然に振舞えること、時にはルールを破って「自由」にふるまえることが、その客のレベルの呈示となります。むしろルールを意識しすぎて「正しい」ふるまいをする客は、慣れていない客なのです。

このようにサービスにおいては、「まなざし」がとても重要な要素となります。客にとっての「自由」は、客が求める「価値」と相反します。だから高級店では客の自由がなくなりますし、その不自由な状態で自由にふるまえる客を相手にしているというわけです。客は求めるものを求めると、それを手に入れることができず、求めるためには求めてはいけないという弁証法に直面しています。従来のサービス理論では説明されない側面ですが、むしろサービスの根幹をなすと言ってもいいと思います。一方で、高級店の緊張感はブルジョワ的価値を引きずっているのは明白で、近年この価値自体に陰りが見えるという側面も重要かもしれません。それでもまなざしの重要性は変わらないでしょう。

新しいMOOC (KyotoUx 008)で、実際のビデオデータを分析してもらって、このまなざしを議論しています。昨日収録が終了し、4月からランします。新しいMOOCの内容についてはまた時間のあるときに書きたいと思います。