モンラッシェ (Montrachet)、世界で最も偉大な白ワイン。アレクサンドル・デュマが「脱帽し、ひざまずいて飲むべし」と言ったワイン。ブルゴーニュ地方のピュリニィ・モンラッシェ村で生産される。栗とハチミツの香り、琥珀色。すっと入ってくるなめらかさに、ブランデーのような力強さ。もはや言葉では表現できないあじわい。少し前に、橋本憲一氏が秘蔵にされていた、D.R.C.(Domaine de la Romanee-Conti)の1983年モンラッシェを開ける会に参加させていただいた。
モンラッシェは白ワインではない。今まで飲んだ白ワインは一体何だったのか? そのように思わせられるワインだった。以前バタール・モンラッシェ(Batar-Montrachet)を飲んだときの衝撃と同じ、そしてさらにそれを上まわる感覚だった。モンラッシェは白ワインの中で最高の地位をしめる。つまり、他の白ワインが目指すべきもので、これこそが白ワインの本質ということになるだろう。しかし、このワインは、白ワインと呼ばれるものを越え出ている。白ワインの本質は、もはや白ワインではない。
頂点に立つものは、その自分自身のカテゴリを越え出る。そういうことはよくある。サントリー名誉チーフブレンダー輿水精一氏がブレンドしたウイスキー「瞳」も、最高峰のウイスキーだろう。しかしそれを最初に飲んだときの感想は、「これはウイスキーか?」というものであった。頂点に立つということは、そのカテゴリの中で一番美味しいということであるが、すでにそのカテゴリの中には収まらない。
しかし、そうすると他の白ワインは一体何なのか? それはモンラッシェを目指しながら到達できない劣悪品ということになるのだろうか? ピエール・ブルデューが「まがいもの」と呼んだような、モンラッシェを飲めない人が代用するものだろうか。もちろんそういう側面もなくはないだろうが、おそらくそうではないだろう。輿水氏は「角」もブレンドされていた。そして輿水氏は、「角は自分の誇りだ」という。「瞳」を作ることができる輿水氏が、「角」が自分の誇りであるとはどういうことだろうか? 角は単に最高ではない品質の安い原酒をブレンドして、その範囲内で美味しくしたというような商品ではない。角は、「毎日飲んでも美味しい」というウイスキーである。毎日飲んでも飽きずに美味しい、そのようなウイスキーを作るには天才が必要であるし、相当の努力が必要だろう。
モンラッシェのようなワインを飲んだとき、自分が試されていると感じる。自分の仕事に同じぐらいの力強さがあるのか考えさせられる。最高の仕事をすることは、自らのカテゴリを越え出ることであり、そこには基準がないし、真似する目標もない。