August 2017

学問について話しました

先日収録したインタビューが放映されるとのことです。ABCラジオ 8月20日日曜日、22時30分~ 越前屋俵太さんの番組で「俵太の聞きっぱなし天国」です。自分は日本にいないので聞けないのですが、というかコワくて聞けないのが本音です。ネットでは3分でも長すぎて聞いてもらえない時代ですが、30分ももらいました。しかも「学問」という誰も聞いてくれそうにない内容です。学問についてなど話せる立場ではありませんが、あまり偉い人の話しよりも気軽な話しの方がいいということで、引き受けました。

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学問が知識ではないということから始めました。「知る」ということは、その対象を征服するということなので満足感と安心感が得られるのですが、学問はその前提を切り崩し自分自身を不安に晒し続けなければなりません。学問というのは知識があるということだと思われることが多いですが、知識に満足しないのが学問だと思います。もちろん勉強はしないといけませんが。

学問とは何ですかと問われて、とっさに世界が成立するための前提を問い直し切り崩すことと答えました(自然科学も人文社会科学も工学も同様だと思います)。一方で、「研究」とは問いを立てて答えを導くことです。もちろん研究で答えを導くためには前提を問い直さなければなりませんし、学問をするためには問いを立てなければなりません。どちらがいいということではなく、単に違う意味を持った活動ということです。重要なのは研究は教えることができても、学問を教えることがとても難しく、できていない場合が多いのではないかということです。まず重要なリサーチクエスチョンを立てろとか、先行研究との差異は何かとか、分析結果が面白くないとか、気が滅入るだけであまり意味のない議論になってしまうことが多いです。

また、近代の枠組みが弱体化した以上、学問は社会において何ら特権を持ちません。学問の自由を特権だと考えているとすると、時代錯誤です。現在大学に対するプレッシャーは強まるばかりですが、こんなときこそ学問の正当性は社会の他の分野への貢献(経済的リターンをもたらす、人生を豊かにするなど)だけではなく、それ自体の存在意義を真剣に追求しなければなりません。それ自体の存在意義とは、社会の既存の正当性の枠組みを解体するということしかないと思います。だから学者は評価されることを目指してはいけないわけです(しかし学問は自分をマーケティングしなければなりません)。以前、
ブログで書いた通りです。

などを話しました。おそらくほとんどの部分はカットされているはずです。いずれにしても、学問の地位がほとんどなくなったこの時代に、学問が脚光を浴びる可能性があるということ自体が興味深いです。これは全てが均質になった現代においてなんとか権威があるように見えるもの(歴史、伝統、文化そして学問)にすがろうとする消極的な動きなのか、出口が見えず永遠に回り続ける世界になんとか亀裂を入れることを求めているのか… 色々考え続けなければなりません。

ところで、越前屋俵太さんの生き方も学者の生き方と同じですね。その時代の笑いを批判し、新しい前提から革新的な笑いを作り出されたのですが、かなり孤独な仕事であったと思います。

カリフォルニアに来て1週間

生存報告です。子供を連れてカリフォルニアに来て1週間ちょっと経ちました。子供はサマーキャンプにすぐに慣れて楽しんでくれたので助かりました。心配した4歳の妹は何の問題もなく溶け込みました。いつも問題なく頼もしい7歳のお兄ちゃんは、少し大きな子たちと一緒のグループだったので少し戸惑っていましたが、1日で慣れました(食いしん坊の彼としてはサマーキャンプのランチがマズかったらしくそれも否定的な要因でしたが、次の日はホットドッグでおいしかったらしいので、ホっとしました)。二人とも楽しんでいても、精神的な不安があるのは随所に感じられるのですが、それでも自分ががんばらないとと思ってやってくれているのがけなげです。そうやってがんばる頼もしい子供たちに助けられているのですが、パパももっとがんばれと言われているような気がしてかなりプレッシャーです。

デンマークやシンガポールのときもそうでしたが、3日先ぐらいまでの食事のことを考えて献立作りとか買い物とか追われるように生活しています。食事を作ったら次の食事の仕込みです。日本でもみんなやっている当たり前のことですね… 9時に送って9時半に戻ってきて、2時過ぎに出て迎えに行くのですが、買い物などの時間を除いて、この短い時間にどれだけ効率的に仕事をするかに命をかけています。集中力の高い時間に合わせた優先順位付けが鍵ですね。それから子供が戻ってきてプールに入っている間自分は読み物ができるようにするためにおもちゃを用意するとか、夕食食べた後に2人で遊んでくれるようにネタを用意しておくとか、いろいろ工夫の余地があります。夜ももっと仕事したいですが、自分が倒れたら大変なので早く寝るとか、簡単に見えてできないことをやらないといけません。それ以前に自分が事故などに巻き込まれて子供たちが放置されたらと考えるといつも気が抜けません。

ということで、最適化された生活をしています。もちろん仕事以外自分の好きなことをする時間はないですが(せっかく風があるのにウィンドサーフィンできないとか)、仕事をする時間は作れていますのでストレスはそれほど溜らないと思います。日本で同じことをするよりはいいですね。何にしても子供の力に頼っています。仕事では溜まった書き物の他、サービス研究で色々訪問して議論したいと思います。



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