August 2015

Talk: Julien Cayla Oct 1

This will be an interesting talk related to services, culture, ethnography and marketing.
https://www.yamauchi.net/wiki/pages/M6L6L940/Julien_Cayla_Nanyang_Business_School_Singapore_and_Kedge_Business_School_France.html
https://www.facebook.com/events/866973816719074/

小川治兵衛、清風荘、デザイン

清風荘 せいふうそう

image


西園寺公望別邸を京都帝国大学に寄贈されたもの。吉田キャンパスから歩いて3分程度のところにある。西園寺公望はもともと徳大寺家の子息であり、その弟は住友財閥に養子として入る。西園寺公望の他の邸宅と同じように住友が建てたもので、死後住友の所蔵となっていたものを京大に寄贈された。最近重要文化財に指定された。この庭は7代目小川治兵衛の作である。先日、次期12代目小川治兵衛である小川勝章氏に清風荘で講演をしていただいた。鈴木博之先生の本を参考にご紹介したい。

7代目は山県有朋に依頼され、蹴上の無鄰庵の庭を作った。その後、平安神宮の庭や住友家の庭などを作った(南禅寺あたりの庭はほとんど7代目の作で、私たちの結婚式も7代目作の庭で行った)。それまでの象徴主義の庭(例えば石を何かに見立てたもの)ではなく、苔と共に芝を使い、石を伏せて、赤松だけではなく楓などの様々な木を用い、開けた自然主義の庭を作った。

どのようにこのような庭が生まれたのか? 庭のデザインも、一つの社会のデザインであり、時代の変化を捉えフォームを与える。山県有朋がなぜ自然主義の庭を求めたのか? 明治維新で社会の権力構造が変化した。山県は時の教養者たちの茶会に呼ばれて、道具の価値だけを熱心に議論する人々に違和感を感じたという。何気ないものに過剰に意味を読み込む美的判断は合わなかったのだろう。軍人でもあり新しい時代の権力者であった山県には、それらの既存の権力構造(文化貴族)に入り込めないことと同時に、それを壊したいという思いもあったのではないか。

一方で、庭という権力を誇示するようなものにこだわる。それは従来の庭よりも圧倒的な力と新しさを持っていなければならなかった。そこに7代目の天才が合わさり、花開くことになる。その時の社会で特に高価で高貴であるとされているもの(茶道での名物など)ではない材料を使い、総合的にスケールの大きな庭を作る。そこには水を使った動きが必要であり、一点に向かった庭が必要だっただろう。

それは西洋式の庭ではいけなかった。その時代は明治維新も落ち着き、日清戦争に勝利した時期である。つまり単に西洋を目指すことを乗り越え、自己のアイデンティティを強く意識した時代であり、そこには日本の伝統的文化への関係性が強く出る。しかし、そこでは同時に既存権力の基盤となっている保守的な文化の否定でもなければならない。

そしてそこに疎水の水を引き込む。疎水は水力を原動力として工場を建てるために作られた(南禅寺から銀閣寺のあたりは工場地帯になる予定だった)。しかし、工事中に水力発電の技術が実用化する。それにより疎水の支流の水は必要なくなった。それを庭に引き込み、別の形で生かしたのである。その庭はその境界を越えた世界とつながっており、閉鎖的な空間ではない。そこには常に外から入ってくる力が感じられる。東山の借景も同様であろう(山県有朋は水が東山から流れてくるようにデザインしたという)。そもそも疎水の建設を許可したのは内務卿としての山県であった。ちなみに疎水からかなり西に位置する清風荘は疎水の水は引いていない。

新しい時代のフォームは、既存の権力構造の否定を目指して探究され、そして新しい世界を現前させることで、人々の目を全く新しいところに向ける。無鄰庵の庭がなければ、従来の庭が正解であり、それ以外の考え方は否定される。この庭ができたことで新しい世界が生まれ、従来の庭が否定されうる。このような新しいスタイルを作り出すためには、既存の権力構造から距離を置いた自分のアイデンティティとそれを正当化しようとする強い意思が必要である。新しい時代のデザインは、否定から始まり、否定を積み上げて一つのポジティブな世界を構成するが、それは自分を証明しようとする過程から生まれるだろう。

以上は後付けでの説明にすぎないが、デザインの一つのあり方について考えるヒントが多いと思われる。でも考えがまとまらない。

参考文献:
鈴木博之. (2013). 庭師小川治兵衛とその時代. 東京大学出版会.

「闘争」としてのサービス 入荷しました


http://www.amazon.co.jp/dp/4502137413
http://books.rakuten.co.jp/rb/13182137/

闘争の概念について

「闘争」の概念が多くの人にとってとっつきにくいし、誤解されやすいということがわかってきました。実のところ私は「また古くさい概念を持ち出してどうするんだ」と言われることの方を懸念していました。重要だからと思ってあえて主張したのは個人的にはリスクを取ったつもりだったのです。

闘争の概念は学問の初期から常に一つの流れとして存在していたと思います(ヘラクレイトスなど)。ホッブス、ヘーゲル、マルクス、ニーチェなどに流れていきます。歴史上、理論が発展したとき、闘争の概念との相互作用はつねにあったように思います。まず私はヘーゲルに理論の基盤を求めました。それは、間主観性を基礎としてサービスの理論を構築する必要があったこと、そしてそれに人のあり方を結びつけることができる視座として、ヘーゲルの弁証法は特に魅力的に感じたからです。人が自己を獲得するためには、他者との闘争を経なければならないということです。

しかしそれだけでは、抽象的すぎるかもしれません。サービスの文化について議論するとき特に依拠するのが、文化が闘争の賭金であることを示したブルデューです。また、異人厚遇を議論するために文化人類学の観点から依拠したレヴィ=ストロースやモースのテーゼは、闘争と贈与の連続性を強調するものです。ホスピタリティ(迎え入れ)を語るにはレヴィナスを避けては通れませんが、何よりも平和や正義を語ったレヴィナスは闘いをその根本に据えたわけです。サービスという社会的関係を説明するのに、その根底には闘争があるということは逆転の発想ではありますが、一応考え抜いてのことなのです…

たしかに、様々な闘争の関係の微妙な差異について必ずしも明確に議論していません。私は真剣勝負している客と提供者の関係性を闘争ということで捉えたのですが、そのとき相手を打ち負かしてやろうと思っている人もいますし、相手を尊敬して対峙している人、慣れない場所でドキドキしている人もいます。闘争と言うとマルクス的な政治的な闘争などに結びつけられるかもしれませんが、それとの区別は完全に明確にはなっていないかもしれません(そのようなゆらぎがあることは自覚しています…)。

次の研究の糧にしたいと思います。色々フィードバックいただいた方々、ありがとうございました。何とか説明をしようとして、どんどん深みにはまってしまっている観がありますが、自分では少しずつ前に進んでいるつもりです。

書籍紹介していただきました

GOB-IPのブログで、『「闘争」としてにサービス』を紹介いただきました。インタビューしていただいた滝本さんには本をじっくり丁寧に読んでいただいた上で、鋭い質問をいただきました。感謝です。
http://gob-ip.net/blog/2015/08/15/インタビュー山内裕さん/

なみに現在欠品中のところが多いですが、2、3日で第2刷が書店に入荷すると思います。

難波鉦 つづき

先日横山俊夫先生からご恵贈いただきました『難波鉦』(なにわどら)の抜粋を紹介しました。同じく「松之部」の「高橋」からの抜粋です。客としてのサービスの極意のようなものです。

太夫「… どなたさまも、この廓へ初めていらっしゃるお客様は、女郎にもてあそばれまい、ふられまい、手管をさせまい、などと言って、敵の中へ入るようにお思いになるそうです。それで大方は最初から悪戯を言い、女郎を困らせよう、酒を飲ませて酔わせようなどと、無理に粋ぶることをなさいます。つまらない事でございます。… しかし、粋と無粋、あほと賢い、田舎衆と京都衆、侍と商人のそれぞれの区別はあることで、これは何とも口では言えない、錬磨のたまものでございます。」

太夫「諸事同じことでございますけれど、野暮のくせに粋ぶること、アホのくせに賢ぶることは、いやらしいものでございます。とにかくなじんでのちは何事も心苦しくありませんが、最初から相手を困らせるようなことを言うのはいや。ただ最初からありのあまにして、いつとなく、真実も、悪口も言うのは、うれしくもあり、心憎くもあり、なぐさみにも、張り合いにもなりますけれども、すべて傾城はうそをついてだますものだとお思いになるために、相手を困らせる悪ふざけもすべてあることでございます。それなら廓へいらっしゃらないのがようございます。」

太夫「とにかく粋ぶることもせず、横柄にすることもなく、相手を困らせる悪ふざけも言わず、勘ぐりもせず、しゃんと筋の通ったお客様には、わたくしでも本当に、どうにもならないほどに、本心から惚れ込まないものでもございません。」

拙書にも書いたようなブルデューの議論に重なります… つまり、力を見せようとすると力をみくびられ、力に執着しないことが力を見せるためには必須である。ところで、先日書いた「たかま」とこの「高橋」は矛盾しています。ひとつは駆け引きであり、もう一つは筋を通すということです。しかし私はこの矛盾は二者択一ではないと思います。つまり、実践の水準では、この両方のロジックが並存しているはずです。このように矛盾を内包していることがサービスの面白さであり、難しさだと思います。

[注]
この難波鉦研究の背景をお伝えしておいた方がいいかと思います。横山先生のチームは「文明と言語」の研究をされました。横山先生の言葉を引用します: この研究の「ねらいは、人間社会が無限拡大の夢を捨て、抑制安定へと余儀なく赴きはじめたものの、それが暗い萎縮にいたるか、明るいあやを織りなすかの岐路にさしかかるたびに、方向を見失わない感覚を研ぎ澄ましつづけたいという一点にあった。… 安定社会にあっては、ひと、もの、こと、を仲立ちする様々な媒介が幅をきかすこと、そして世の明暗は、「主体」と呼ばれがちな個々の資質よりも、それらを組みあわせる媒介の質に大きく左右されるということであった」ということです。そこで17世紀後半の安定社会に入りつつあった社会において、これらの書物が遊廓という閉鎖的安定社会の発展維持に貢献したということです。

「サービスとは闘いである」の意味

ようやく『「闘争」としてのサービス』の第2刷が仕上がりました。さて、「サービスとは闘いである」というテーゼが誤解されやすいということに今さら気付きましたので、少し補足したいと思います。まずこのテーゼが否定したいのは、既存のサービスの言説で、心のこもった奉仕が必要とか、本当の笑顔が必要とか、神さまであるお客様を満足させるというような言説です。実はこれは、現在の日本における「ロボット化」したサービス(すし匠中澤親方の言葉)と表裏一体でもあります。つまり、笑顔で、丁寧な言葉使いで、フレンドリーに応対しているが、全く人間味がなく、人々がロボットになっているということです。あるいは、金を払ったんだから、座っていたら気持ちよくさせてくれるというサービスの「風俗化」という側面もあります。サービスの理論はその前提とのところでこれを正としているので、現時点ではこの理論を否定するものは見あたりません。

そこで研究するにあたっては、なぜこのような理論が作り上げられ、保持されているのかということに興味が集まります。基本的にサービスにおいては人と人が、特に見しらぬ人同士が出会い、取引をします。相手のことがわからない中で、相手が欲しいもの、相手が提供できるものなどを探り合いながら、サービスを達成します。そうすると、どうしても相手のことがわからないという緊張感が生まれます。その緊張感を打ち消すために、笑顔、心遣い、丁寧さ、フレンドリーさなどが持ち出されます。つまり、既存のサービスの理論も、その基本関係が緊張感のある闘いであるということは暗黙のうちに理解しているのです。

ではなぜサービスが闘いにならざるをえないのか? そこにはもっと積極的な理由があります。それは、現在サービス理論において中心的な概念である「顧客満足度」というものを正しく理解するところから始めなければなりません。「顧客満足度」というものがあるとすると(個人的にはそういう概念は不要だと思うが)、それはニーズや要求を満たすとか、顧客の問題を取り除くとか、そういうことから得られるものはごく表面的であるということです。サービスは人と人が出会い価値を共創するものである以上、そこで問題になるのはその人の存在です。つまり、その人がどういう人なのかです。

そこで持ち出したのが、ヘーゲルの「承認への闘い」です。他の人から承認を得るということは、闘いに挑むということになります。上記の笑顔やフレンドリーさによって、この闘いを排除するわけですが、そうすると相互承認は起こりようもありません。取引は行われるが、そこで人と人が出会う意味はなく、人々はロボットとしてやりとりすることになります。闘いの概念を全面的に持ち出すことの意味は、この批判をとことん突き付めて、根本概念として闘いを据えることで、サービスをよりよく理解できるだろうということです。これが「サービスとは闘いである」というテーゼの意味です。

つまり、サービスにおいて相手を打ち負かすような関係性のようなものを支持しているわけではありません(ちなみに、鮨屋のサービスを正解だと主張しているわけではありません)。本当に真心をこめてサービスしている素晴しいプロフェッショナルの方々は、客に一方的に奉仕しているのではなく、客と真剣勝負をしていると言うべきだと思います。サービスをデザインするとき、単にニーズや要求を満たすとか、顧客にとっての問題を排除するというようなことだけを目指すのであれば、おそらく本来サービスのもつ価値のごく一部しか実現できていないということだと思います。

サービスの価値について

サービス・ドミナント・ロジックについての「価値」に関する議論ですが、私は現象学という枠組みを持ち出したことがSDLの致命的な問題のように思います。価値が主観性であるというような言い方もされますが、おそらく物自体としての価値などなくて、それはぞれぞれが超越論的に作っているものだということが言いたいのだろうと思います。しかしサービスの概念は根本的に間主観性だというところがポイントだと思いますので、それを主観性の価値という概念に依拠して議論すると破綻すると思います。フッサールの間主観性の議論もそれほど成功したように思えません。結果的に価値が何でもありになってしまい、サービスという概念が空虚になってしまう結果となります。もし提供者は価値提案をするだけで、価値は顧客(あるいは受益者)が主観的に決める・構築するということであれば、モノを渡しているGDLと何ら変わらないことになります。そこで実際には間主観的な相互行為が重要になるだろうということですが、SDLの枠組みではこの相互行為をどのように分析したらいいのかわからないというのがその限界です。これがサンノゼのキーノート(ICServ)で質問した内容です。

Vargo先生たちは実はこのことに気付いているだろうと思います。だから制度論を持ち出しているように見えます。制度は間主観性の一つの概念としてはとても扱いやすいからです。まず主観性が実は制度的に媒介されているということ、そして個々の主観性が長期的な観点からは一つの社会的事実として制度的に定立されることが暗黙の前提とされているのでしょう。しかし、これは実際に価値を共創している相互行為や相互作用を分析しない限りは、問題をサイドステップしているだけのように見えます。そのため価値が現象学的であるということは保持しています。このように書くとSDLに批判的に聞こえますが、基本的なアプローチには賛同しつつ、その議論の展開に無理がある部分があり修正が必要であるという主旨です。

難波鉦 なにわどら

横山俊夫先生から『難波鉦』(なにわどら)をご恵贈いただきました。非売品ということで貴重なものです。これは江戸時代初期の大坂の遊廓での会話を綴ったものです。2冊目の「松之部 」の「釣針 たかま」から一つ抜粋。たかまという太夫の言葉です。

たかま「男が金持ちならば、好いてくれそうなのを見定めて、確かに女郎になじむとみらたら、初対面、二度目も気を持たせるようにしてふれば、せつながって続け買いにするものでございますよ。三度目ほどでしっぽりと会いますと、逃げないものでございます。ただ、それも一概にはいえません。見立てが大事でございます。男によってはしゃんとしたのが好きな人もいて、そういうひとはふらずに面白おかしくもてなし、二度ほども床に入らなければ、ひたひたと迫ってくるものでございます。また、艶っぽいのが好きな男には、はじめの二三度まではひたひたとしてみせ、四五度ほどで口舌のように仕掛けて、時には、一晩もつきあわないようにすれば、いろいろと鼻の下を伸ばしてのぼせあがるものでございます。あまり金を持たない粋の男でしたら、なるべく愛しがって初回からしっぽりとぬれてやるのが女郎の心映えでもありますし、また、よそへの評判もよくいってくれるものでございます。なじみになれば、大人気を得るためになります。また、金を持たない阿呆にもなおさら同じようにいたします。そういうのはのぼせ上がってたいへん喜びますので、金持ちよりも多く会いに来るものでございます。そうなると、金持ちの男たちが焦りまして、本当に女郎のためになります。金持ちがそれで焦りだしたとみましたら、そこで金持ちをとりとめるようにします。そうするうちに例の貧乏人は金が尽きますから、あとは心から金持ちに惚れたように思われて、その大臣も『自分のために男をふった』などといって、たいへんよいことがあるものでございます。とにかくよく見極めていれあげないのが大事でございます。」

江戸時代の遊廓というのは、闘いのサービスだったのですね。

image