Destructured
Yutaka Yamauchi

iPhoneの欲望

iPhoneがなぜ成功したのか聞かれることが何度かあって、私の答えがどうしても納得してもらえなかったので、一度ブログでも説明したいと思います。

日本企業にもiPhoneを作る技術力、デザイン力(見た目の)があったという話しはよく聞きます。あるいは、iPhoneの成功は、iTunesやApp Storeのエコシステムが決定的だと言う話しも聞きます。しかしそうでしょうか。私が思うに、iPhoneは機能やデザインではなく「欲望」を構成したのであり、この欲望の秘密はiPhoneの「箱」だということです。これを真面目に言っているのですが、ほとんど理解されません。

iPhoneの箱は細部までこだわって作り込まれています。iPhone自体は壊れて新しいものに交換してどこかに行ってしまったとしても、箱だけそのまま残している方も多いと思います。この箱を捨てることはなかなかできません。この箱が、iPhoneの欲望の原因となります。

ラカンによると、欲望は、その対象を求めているのではないということです。むしろ欲望はその対象に近づきながら、少しのところで獲得することに失敗することを求めています。欲望を欲望しているわけです。iPhone自体は欲望の対象ですが、人々はそれを求めているのではないのです。逆に、欲望の原因になっている対象、「原因-対象」あるいは「対象a」と呼ばれるものがあります。これは明示的にコレだという形では見えず、ある種のシミのようなものとして現われます。この場合は、iPhoneの箱です。箱が対象aだというのは、Ryan Engleyのアイデアです。

iPhoneの箱は明らかに携帯電話あるいは電子機器やコンピュータの箱ではありません。むしろもっと違うものの箱のようにデザインされています。つまり、iPhoneの箱はiPhoneという携帯電話を、全く別の対象に昇華(sublimate)しています。スティーブ・ジョブズは、客に見えないところの配線の美しさにこだわったりというような話しがありますが、その究極のこだわりが箱だというわけです。

iPhoneを購入した客が箱を開ける(unboxing)体験は、とても重要です。iPhoneに限らず、箱開け儀式がYoutubeで人気があるのには理由があります。単に箱を開けるワクワク感と片付けてはいけません。iPhoneの箱を開ける体験は、トラウマ的だということです。つまり、携帯にしては異常に綺麗なハコに「穴」を開けること、つまり神秘化されたiPhoneを開けて自分が汚してしまうこと、そして神秘的なものが自分の所有物、つまりひとつの俗世界のオブジェクトになってしまうという体験です。それ以降、箱だけがもともとの神秘的なiPhoneの残滓として手元に残り、それによりiPhone自体の欲望が構成されます。

iPhoneは日本企業にも作れたと言うならば、本当にiPhoneの箱を作れたのかどうかを問い直してみるのもいいかもしれません。ジョブズを神秘化するのは好みではありませんが、彼もAppleのデザイナーも、欲望をとてもよく理解していたと思います。