06 Sep, 2017
8月4週間カリフォルニアに行ってきました。古巣のXerox PARCについてあまり知られていないのですが、現在の企業の研究開発にとってとても参考になる事例について共有したいと思います。以前にも書いたことがありますが、この厳しい時代だからこそイノベーションを狙って新しいアイデアに賭けるのではなく、長期的視野からケーパビリティを育てていくことが必要だと思います。
Xerox PARCは1970年に設立されて以降、パーソナルコンピュータAlto、イーサネット、マウス(発明ではなく実用化)、オブジェクト指向、ウィンドウシステム、WYSIWYGワードプロセッサなどを発明したことで知られています。余談ですが私は高校生のときにこれらのイノベーションに憧れて、大学ではコンピュータサイエンスを選んだ経緯があります。一方であまり知られていないのですが、当初よりa-Si(アモルファスシリコン: きれいに結晶になっていないシリコン)の研究がさかんでした。これは大規模なエレクトロニクスのためには結晶シリコンでは限界があるというがモチベーションとなっていました。そのころa-SiでTFTを作るということが実証され始めた時代で、Xeroxのようなイメージングの会社としては当然の投資先です。John Knightsが研究を始め、徐々に蓄積してa-Siの研究でセンターオブエクセレンスになり、その後様々な発明を生み出します。例えば、ディスプレイを想定していたのですが、それが逆方向にセンサーとして利用できるというBob Streetの発明によって、大規模なセンサーでイメージングをする必要のある(光学的にフォーカスできない)X線センサーの実用化に目処をつけます。dpiXという会社としてスピンアウトし、Xeroxの他、Siemens、Philipps、Thomsonの投資を受けて事業化し、今でもヨーロッパのX線機器のほとんどに組込まれています。少し前までPARCの向いに製造ラインがありました(今はコロラドです)。
a-Siは大規模な半導体デバイスを作ることに先進性がありました。そこで大きくなるとリソグラフではパターニングできないだろうということで、パターニングのために印刷技術を使うというのはXeroxとしては自然な選択でした。もちろん印刷によるパターニングは解像度では及ばないことと、ステッパーという技術が生み出されたことにより下火になっていきますが、同時にプリンティッドエレクトロニクス(有機材料を印刷することで作るエレクトロニクス)の領域を切り開きます。大規模なプリンタを日本の企業から調達し研究を重ねていくのですが、それが例えばDARPAプロジェクトで生まれたセンサーテープのようなイノベーションにつながります。研究としては同じテーマを継続しながら、徐々に領域を広げつつシフトしてきたわけです。当初より焦点であった太陽光パネルも今でも研究が続いているものの一つです。
このように消費者にはわかりにくい地味な領域ですが、大きな成果を出してきました。そしてこれらの研究を40年以上継続して続けるということが、現在の研究機関としてのPARCの強みとなっています。他には、PARCがレーザーダイオードで先駆的であることもあまり知られていません。レーザープリンタを発明したことはよく知られていますが、その関連でレーザーダイオードの研究も進んでいました。PARCからスピンアウトしたSpectra Diode Labs (SDL)はその後Xeroxの時価総額を追い抜くほどの企業となりました。Xeroxにはものすごい経済的リターンをもたらしたはずです(Xeroxがエクイティを手放すのが早すぎた点には触れません)。今でも半導体レーザーの研究は進んでいますし、それから発展して光学デバイスでは先駆的です(最近では画期的なフローサイトメータとかHyperspectralイメージセンサーなど)。その他には、Model-based Computingという領域では90年代からXeroxの製品開発に貢献しつつ、現在でも多くの企業が技術を求め投資をしています。どれも30年以上継続して蓄積してきた分野です。
このように過去から丁寧に研究を蓄積してきた結果があるため、現在においては様々な技術を生み出す原動力となっています。研究開発やイノベーションの世界は新しいものが全てであり、長期的な継続はあまり議論されませんが、実際にはそういう長期的な視点が成果を生み出す最先端といことだと思います。よく聞く話しですが、新しいアイデアに投資しても3年ぐらいで失敗だとわかるのですが、そこでそれまでの3年間を全てなかったものにして新しいアイデアに移っていき、10年もすると何も残っていない状態だというのも珍しくありません。
もちろん長期的であるということは、同じことを同じように繰返すという意味ではありません。同じことをやり続けて気付いたらその領域が時代遅れとなっていて慌てて新しい領域を探すということではなく、世界をリードして先に手を打つことが必要です。リターンを出すために常にアプリケーションを求め続け、それにより研究の方向性を柔軟に修正していく必要があります。徐々に技術的なノウハウを広げていくことで、継続性を保ちながら結果的にかなり新しい領域に進んでいきます。その過程でメンバーもかなり入れ替わりますが、それがネットワークの拡大としてリターンを生みます。長期的に研究を継続するためには、このように変化に機敏に対応することが必要なのです。逆に変化に対応していくには、長期的に蓄積してきたノウハウ、知見、ネットワークが必要です。アイデアだけの勝負では、まず成功することはないでしょうし、他の人々もすぐに同じことをするようになります。
もちろんこれは企業の研究開発に限った話しであって、スタートアップなどの世界は別のロジックがあります。